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大阪高等裁判所 昭和38年(う)1028号 判決 1964年1月30日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、被告人の弁護人表権七の提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について、

よつて案ずるに、原判決挙示の各証拠並びに当審証拠調の結果によれば、被告人は東映株式会社の社員ではなく、専属契約により同会社が製作する本件「海賊八幡船」映画撮影の監督として従事したに過ぎない者であり、原判示「沢島組」のスタツフである撮影係伊藤武夫、美術係井川徳道、装置係御館進、装飾係川本宗春、助監督山下耕作、倉田準二、進行主任高岩淡、植木良作らに対しては被告人には選任、監督の関係にはなく、単に横の協力関係において共に映画製作に従事したものであり、原判示「名瀬間切」のロケーシヨンに当つても、シナリオの趣向に従いセツトの設計、配置を担当する美術係井川徳道、セツトの建築を担当する装置係御館進、加藤昭、セツトに点火して燃焼せしめることを担当する装飾係川本宗春らが各自の経験を活かしてそれぞれ担当したものであつて、被告人はこれらの分野においては映画の演出効果の面を通じて関係したのみで、セツトの設計、配置をどうするか、助燃剤をどれほど投入するか、エキストラを何人使用するかということについては、一々具体的には何等の関係をもしなかつたことが認められ、本件火災の場面が爆発に近い一瞬火の海となつた原因は各セツトの近接というよりは、助燃剤を大量に投入したことと、九月一〇日午後三時頃の炎暑の下、しかもびわ湖の砂浜で行われたために因るものと認められるところ、被告人は右の原因となつた諸事情についてはたやすく認識し得べかりし事情にあつたものとは認め難いのである。而して右会社のロケーシヨン規程(記録六六二丁)によれば、ロケーシヨン先の責任者は原則として進行主任とすることになつており、これに以上の各証拠を参酌するときは、本件「名瀬間切」撮影についての安全管理の責任者は右進行主任植木良作であつたことが極めて明らかであるから、本件ロケーシヨンに際し不測の事故発生を未然に防止すべき第一次の業務上の注意義務がある者は右植木良作であるといわなければならない。然るに、原判決はセツトの設計、装置、助燃剤の使用等につき各係員において注意検討が十分なされていると否とに拘らず、又植木良作が安全管理者であると否とに拘らず、被告人にも原判示の如き業務上の注意義務があると判示する。しかし被告人は監督として本件映画の芸術的演出にその主要な任務があるのであつて、セツトの設計、装置、助燃剤の投入、エキストラの使用等はあげて前記認定の各部内の者が担当したものであり、被告人はこれらの者に対し指揮、監督の権限のないことも前叙のとおりであり、本件各被害者らの負傷の原因も前記の如くいわば特別の事情に因るものと認められ、しかも本件ロケーシヨンにおける安全管理については植木良作が優先的に当らなければならないことも前段認定のとおりであるから、被告人としては右各部門の担当者を信頼し、撮影に当つては投入したエキストラも臨時のものではなく何れも会社に登録された経験者であつて自らも危険であることを熟知の上しかも数回に及ぶ予行演習をしてから本番となつたものであるから、それぞれ善処して負傷等の不慮の事故を招くが如きことはないと確信し、ひたすら本件映画の芸術的演出のみをねらつて撮影に専念したことはむしろ当然であつて、更に被告人自らにも原判示の如き業務上の注意義務があると認定することは不当な注意義務を課した違法があるものと認めざるを得ない。さすれば原判決には所論の如く判決に影響を及ぼすべき事実誤認の違法があつて到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて弁護人の爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第四〇〇条但書の規定に従い次のとおり判決する。

本件公訴事実は起訴状記載のとおりであるが、犯罪の証明が十分でないから、刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言い渡しをする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 松浦秀寿)

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